税理士 岸野康之 事務所

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指定管理者の消費税 裁判例から

長くなる話なのだが、これはなかなか面白い。

地方公共団体の関係の人は、この裁判例はよく読んでおきたい。

赤い字が僕のコメント。

東京地裁判決 判決年月日 H30-07-26
判示事項

上越市が開設するD病院の指定管理者である原告が、病院の管理について上越市との間で締結した協定に基づいて同市から支払われた管理委託料のうち、平成18年4月1日から平成20年9月30日までのD病院の人件費に相当する部分が消費税等の課税標準に含まれることを前提として確定申告をし、消費税等を納付していた。

まずここまで。

指定管理者である原告というのは、ハコモノとしての病院を持つ自治体から、病院経営をやってくれと委託を受けた民間病院。その委託を受けた対価として、上越市から受け取った管理委託料を、消費税がかかる売上として、消費税申告をしたわけだ。

なお、何もしなければ指定管理者の委託料金は、原則が「課税売上」となる。

そのことについて、主位的に、

(1)高田税務署職員が平成19年から平成21年になされた税務相談において、人件費相当委託料が消費税等の課税標準となるかに係る事実調査を十分にせず、原告の職員等に対して人件費相当委託料が課税標準とはならないとの判断を示すことなく、更正の請求等の具体的な是正手続を教示しなかったこと、

なるほど。税務署の職員が、何らかの税務相談を受けていた。その時に、適切な助言が無かったと言っている。

(2)原告からの更正の請求を受けた高田税務署長が、人件費相当委託料には実質的な資産の譲渡性や対価性がないことについて十分な調査を行うことなく、減額の更正処分をせずに減額の更正をしない旨の通知処分をしたこと、

ほう。その民間病院側は、気が付いたときに更正の請求をして、納め過ぎた(と思った)消費税の還付を目指して、それを税務署にダメダメされたのか。

(3)さらに、同署長が、通知処分に対する異議申立てについて、異議申立時において原告が受領する人件費相当部分が非課税として取り扱われており、通知処分に誤りがあることが明らかであったにもかかわらず、同異議申立てを棄却したこと、

ダメダメされたので、それに対して行政上の異議申し立てをしたが、その異議申し立ても棄却された。

(4)国税不服審判所長も、原告の通知処分に対する審査請求について、人件費相当委託料が課税標準となるかを争点化せず、審査請求を棄却する旨の裁決をしたことが、それぞれ職務上の注意義務違反に当たるなどと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき、消費税等相当額及び弁護士費用の合計1億3629万0770円の賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、予備的に、各確定申告が錯誤によるものであるから無効であり、消費税等の納付は不当利得に当たるなどとして、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、消費税等に相当する金額の返還及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

不服審判所も棄却。もう民間病院側ボロボロ。でも引き下がらずに「不当利得返還請求」で消費税を取り戻そうとした。

確定申告が「錯誤」だったと、サラッと書いているがすごい主張ではないか。


税務相談における上越市職員の照会に対する高田税務署職員の回答は、上越市職員による人件費相当委託料に係る課税取扱いや、新たな協定案における人件費相当部分が消費税等の課税標準となり得る課税取引に該当するか否かに関する照会について、提供された協定案などに基づいて、上越市が地方自治法232条の2「寄附又は補助金」として支出している場合には基本的には不課税取引となることや、交付要綱により交付金が充当される旨を明らかにすることにより不課税取引として消費税等の課税の対象となる取引には当たらなくなる旨を回答しているのであって、その回答自体に誤りがあるとはいえないし、照会に基づいて、平成20年3月課税期間以降、人件費相当部分に消費税等が疑義なく課税されないようにするために考え得る手段を教示、助言していたものといえる。

この高田税務署の職員の回答は親切だ。地方自治法を長年扱っている僕も、こういう説明は受けてみたい。

この世界では、指定管理者制度の場合に民間側が受け取る委託料、利用料金等は、消費税の「課税取引」が原則だ。そこに、税務署職員自らが、部分的不課税の取扱いを示してくれているという点は面白い。しかし、交付要綱でその人件費部分だけを算定して交付するという手法は、民間人の人件費部分を切り取って公費負担するという審議だから、当時、特に民間人は聞いてもピンと来ない人いるだろう。

A社がB社への出向者の給与負担金を出す(から不課税)という論理を、議会手続で実現するには交付要綱に盛り込むなど、民間のようにサラリとはいかない。


原告の税務相談に対する高田税務署職員の対応についても、C税理士から、人件費相当部分が課税の対象となるかの問合せを受けたことから、これに関しては基本的に従前の回答と同様である旨を回答し、事実関係が変更されるなどした場合には改めて具体的・個別的に相談することを促したものである。事実関係について変更が生じていない以上、問合せに対する応答として直ちに不十分であるということはできないし、C税理士が人件費相当部分は本質的に消費税の対象外と解するべきであるとして照会した部分については、基本的に従前と同様の見解(課税取引であって更正請求できない)を示した上で、私見としながらも、裁判手続等においては原告の主張の趣旨が認められる可能性があるかも知れない等として、別途の考え方があり得ること等も付言している。

これもその通りで、税務上の誤り等でなく、すでに双方の取り決めにより実施された取引に沿って税務処理しただけなのだから、否定されるべきは税務処理でなく、その取引である。そして税理士にも同情してしまうのは、如何に本質的とおぼしき主張をしても、自治体が払い出す公金を人件費部分と委託部分に分けるためには、そういう条例と協定が必要になる。

これは行政にも医療にも慣れていないと分からない。指定管理者制度の税務は、意外に奥深い。


以上からすれば、高田税務署職員が上越市又は原告からの税務相談(照会)に対する回答について、その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていないということはできない。

本当に、税務職員はよく説明してくれていると思う。


通則法24条の更正は、課税庁がもっぱら職権で行うものであるところ、高田税務署長が各更正の請求の審理に当たり、人件費相当委託料に係る取引が消費税等の課税の対象とならない取引に基づくものであることを基礎づける資料を有していたと認めるに足りる証拠はなく、高田税務署長が職権をもって通則法24条に基づく更正処分をしなかったことをもって、職務上負担する法的義務に違背したと認めることはできない。したがって、高田税務署長による各通知処分が国家賠償法上違法であるということはできない。

これもその通り。


高田税務署長が本件棄却決定をするに当たり職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか否かについて検討するに、原告は、棄却決定時においては、平成22年協定に基づく人件費相当部分が不課税として取り扱われていたのであるから、人件費相当委託料が消費税等の課税標準とならないことは明らかであり、高田税務署長は通則法24条に基づいて減額更正処分をすべき義務があった旨主張する。しかしながら、人件費相当委託料は、平成22年協定に基づく人件費相当部分とは異なる方法により支出されたことからすれば、平成22年協定に基づく人件費相当部分に係る消費税等の課税取扱いのみから、人件費相当委託料が消費税等の課税標準とならないことが明らかであるなどということはできないのであって、高田税務署長が職権をもって通則法24条に基づく更正処分をしなかったことをもって、職務上負担する法的義務に違背したと認めることはできない。

ここは複雑だが、重要なことを示している。

税務署というのは、しっかり論理的説明を示せば、それを受け止めてくれる役所だ。逆に誤った示し方をしてしまったら、それについてどーのこーのとは、言わない。我が国の税法根幹が「申告納税制度」だから、我々の経理処理を尊重してくれる。

ところで、この原告は「平成22年からは委託料と人件費負担分を明確に区別するやり方に変えたわけだが、平成21年より前の判別不能なゴッチャ煮で出しちゃった分も、ちゃんと国(税務署)が、分けて計算してくれるべきだったよ」と述べている。これはムリ筋だ。人件費がどうとか課税非課税があーとかの理屈以前に、税務署が申告書に記載のないこと、上越市と原告の取り決めに存在しないことを、忖度して公金を戻すわけがない。

blog掲載のために確認すると、そもそも、この指定管理者制度は「代行制」といって、一旦診療に係るカネを全部自治体の会計が収受。それを民間に出し直す形なので、人件費負担分を「交付金として出すための条例」が必要だ。僕の感覚では、代行制は動くお金も大きいし、双方に手続きも多いので、利用料金制の方がなにかと簡便なハズ。実際、ある資料では次のようになっている。

・代行制   病院指定管理者 20件

・利用料金制 病院指定管理者 56件

たぶん、代行制は地方自治法上の「管理委託制度(平成15年度で終了)」の、金銭の収受を全て自治体が担う前提の時代の名残でないかと、思っている。利用料金制の方が、委託フィーをもらって終りというシンプルさが、民間人感覚に合う。

同税務署長は、上越市に対し、棄却決定に先立ち、協定の締結に至る経緯、交付金を遡及して支払う根拠等に関する追加の質問をし、追加の資料の提出を求め、同質問に対する回答や提出された資料を検討の上、棄却決定をしていることが認められるから、原告が指摘する調査を実施していないことをもって、直ちに職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と各処分をしたと認め得るような事情があると認めることはできない。したがって、高田税務署長による棄却決定が国家賠償法上違法であるということはできない。

本件は、指定管理者制度の黎明期にあって起こった不幸な出来事といえるし、その後の争いは税務上の紛争というより、議会と指定管理者の「コブシの下ろしどころ」探しであったように思う。その意味で、こういう争いが長い時間かかったのは、「自治体あるある」「議会あるある」だ。1億の公金というが、そのためにどれだけの人間が心血を注いだのか、その機会損失の方はどうなのか、という観点はないのかと、チラリと思ってしまう。

また僕自身も先日、僕が税務顧問になる前の事案について、5億円の課税標準について更正の請求を出す業務をした。その時の税務署の審理、資料の検討の入念さや論理性には舌を巻いたものだ。もちろんおかしな調査官もたくさんいるが、大型案件に出会った時の税務署の業務態度は、僕は役所として非常に敬意を持っている。

それはともかく、この記事を全部しっかり読んで思うのは改めて、「消費税」という税法についてだ。

法人税法や所得税法は「実質はこうだった」「契約はこうなっているが、中身はこうなんだ」という、実態の理屈がある程度重視される。しかし消費税法では、「この形式に沿って、赤い対価と黄色い対価を収受した」という形式を重視する、対価課税の税法だ。これが法人税法について争った訴訟であれば、「この部分は、実質的に法人税法上の〇〇として・・・」なんて、論法も(一部分は)通用したかもしれない。

税理士が訴えられるのが一番多いのも、消費税。

僕らが職業的におっかないのは、やはり消費税。

日常的に、特殊な自治体消費税を計算する身として、肝に銘じたい裁判例だった。

岸野康之 拝


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