税理士 岸野康之 事務所

医療機関専門
財務、経営、相続 アドバイザリー

医療と寄付金(4)寄付講座の仕組みと機能

今日は、トヨタはじめ製造業が、賃上げで満額回答を出したと報道されている。

記事を読んでいて、最近、確実に広がる資金の余剰部門と不足部門の格差が、目に見えにくいことが気になった。

世の中全体で「資金量が増加する」中で、資金不足部門がどこで、誰なのかが、表面化しにくい状況にあると思う。

資金供給と株高で助かっている産業と、コロナ自粛をモロに食らっている産業・人々との差が可視化しにくいともいえる。

資本主義国家という点では、我々はこの国に存する以上は、大いにドンパチすればいいと思う。

ただ日本は、弱い部分に最適な福祉をもたらしていく、民主主義的な福祉国家でもある。

願わくば、いま弱っているところに、必要な福祉を充当して欲しいところである。

今日は、「寄付講座」について一緒に確認してみたい。

寄付講座はなかなか面白く、僕の好きな論点の一つだ。

1 寄付講座の概要(ネット上の定義からの引用、少しあり)

寄付講座は、大学や研究機関が、民間企業や行政組織などから教育・研究振興のために寄付された資金や人材を活用し、研究教育を行う活動を指す。

寄付講座は一般的に、理系分野では研究機関の研究開発費そのものに充て、開設講座を組織化して実施される場合が多い。

他方、文系の寄付講座は大学において行われ、授業の一環として実施される場合が多い。

寄付が、資金の提供ではなく、カリキュラムやテキストを作成し、講師を派遣するといったノウハウ・人材面での寄付も多くあるようだ。

実施大学と提供組織との関連は、同じ専攻領域での活動を主体としたものや、地場産業と大学組織との関連など、その形態はさまざまである。

どんな団体や企業が実際に寄付をして、講座を支えているのか、見るだけでも結構面白い。

【東洋大学 寄付講座の一覧】

https://www.toyo.ac.jp/about/data/education/donated_course/

国公立大学の寄付講座もあるし、前回お話した「受配者指定寄付金」の制度を使って、支出した企業等が全額経費(損金)にできる寄付講座が設置されている場合も多い

2 医療と寄付講座の実際

ところで、僕は「寄付講座に寄付する側の会計業務」と、「寄付講座そのものを共同で組成する業務」の両側で実務をしてきた。

以下では、その経験を踏まえて、医療における寄付講座について少しお話したい。

(1)医師不足と寄付講座

昔から常に医師は足りない、と言われてきたが、平成16年度に始まった「新・医師臨床研修医制度」の開始あたりから、顕著な医師不足(医師の偏在ともいわれる)が加速した。

これまでのように、「医局の後輩を連れてくる」「市長の要請で医師を派遣する」という、慣行的なものが一気に崩壊した時期である。

その時期に、改めて脚光を浴びたのが、医学部がある大学等への「寄付講座」である。

ただ単純に、派遣されてきた医師に給料を支払うだけでなく、大学そのものに寄付を行い、大学本体にも手数料(取り分)がわたり、医師である教員の人件費にも充当される。

そして、代わりにその大学の教員である医師や、その医局の医師たちが、寄付をした病院に常勤、非常勤で勤務するものである。

(2)設置する学校側の理屈

当然、おカネをいただいたら報いるのは分かるが、なぜ「寄付講座」なのか。

それには、いくつか理由がある。

まず大学ごとに、一講座設置につき2000万円とか4000万円とか、何人の教員配置が必要とか、いろいろ定めた寄付講座設置の内部ガイドラインがある。

そのガイドラインに基づいて行われた寄付のうち、〇%などが、学校側に研究経費として配分される。

学校側にとっては、こうした真水の収入になる寄付金は、とてもありがたい。

次に、講座を設けるということは教授や准教授など、教員を配置することになる。

つまり大学側は、教員の人件費を受取りつつ、教員のポストも用意できる格好になる。

これで、実際に定年した大学教員が(特別な形で)教授、准教授として残る例もある。

(こういうことを単純に学内の予算で行なったら、ただの定年延長になってしまう)

(3)支出する側の理屈

医療機関などが寄付講座を設置する理由は、上記(1)に書いた通りである。

とにかく働いてくれる医師の確保、というのが正直なところだろう。

年間〇千万円を支出して寄付講座を設置している間は、医師の派遣が続くであろう、という期待もある(期待倒れに注意)。

企業など支出する理由には、当然大学などとのタイアップがあるし、具体的な成果は期待できずとも「タイアップ感」が出れば公益的な匂いがする。

また、企業お抱えの講座を持つということは、優秀な卒業生確保に一躍買う仕組みになっているという話もある。

3 寄付講座設置の注意点

(1)寄付金の使途内訳の確認

大学によって、寄付講座にかかる経費や、企業や医療機関が行った寄付額の使い道はまったく違う。

その内容の如何によって、寄付者が期待した成果が出せない可能性もあるので、最初に確認が必要だ。

(2)寄付期間

寄付金は年間〇千万円と多額に上るが、1年限りではなく、たいていは5年継続することなどが決められている。

寄付講座は人的投資の色彩が強いので、5年間となれば人的環境も変わる。

大学側と、寄付期間中の様々なケースについて、確認しておくべきである。

(3)寄付と医師派遣

寄付講座の教員などが、寄付元で医療を手伝う(医師派遣)という話は、よくある。

ただし、寄付金を出す側が気を付けたいのは、

「寄付講座は、寄付者と大学の取り決めであって、医師個人との取り決めは何もない」

という点である。

寄付講座は、あくまで大学で研究、講義等の教員活動を行うための寄付であって、診療行為には当然、何ら関係ない

その原則的な形を了解した上で、大学、医師本人と、目的、意向、医療機関側への出勤日数など、必要な確認を十分に行うことが望ましい。

寄付講座は、当事者となる大学、医療機関、そして医師(教員)の状況がマッチした時に成立するものである。

だから、決していつでもどこでもスタートできる話、ではない。

ただ、以前ある医療機関で、寄付講座の話をしたら、「その手があったか」となり、大学と相談が始まったことがあった。

(結果的には、講座は設置されなかったが)

寄付講座は、意外な盲点であるかもしれないので、もしかしたらと思う方は検討されたい。

次回は「国、自治体による寄付講座設置」という、少し楽しくマニアックなお話をしたい。

岸野康之 拝(本日重量  86.1㎏(着衣)  2021年2月21日 89.3㎏(着衣))


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