民間医療機関の世界(3)事務長
医療機関は、医師が医療をすることで、初めて成立する。
看護師がどれだけ多くても、事務局がどれだけ優れていても、医師がいなければ医療機関は存立しない。
この当然で単純な事実が、意外に軽んじられやすいので、僕は議論・会議等でこの基本原則を述べる機会が多い。
ところで、その医療行為を支える医師が充足しているという前提に立つと、続いて大切なのが事務長だと、僕は考える。
医療体制上は、医師に続いて看護師・薬剤師、ほかコメディカルの皆さんの存在が、当然重要になる。
しかし、医療機関が一定規模以上になっていくと、その収支を事務的に統制しながら運営する、事務専科の人間が必要になるのである。
以下、僕が感じている事務長「像」について、徒然なるままに書いてみたいと思う。
1 内部で事務長になっていく人たち
大学病院、日赤等の公的病院など、全体として組織が確立している医療機関では、事務局内で「昇格人事」がある。
もちろん引き抜きや転職組もいるが、若い時期に入社して定年まで病院事務局で働く人たちがいて、そうして事務長になる人たちがいる。
そういう事務長たちと仕事をすると、とにかく医療運営の隅々までよく知っていて、舌を巻くことが多い。
一方、そういう方の中には、50代などになって他の病院に「腕利きとして引き抜かれる」方がいる。
ところが、技術的、経験的に素晴らしいものがあっても、行った先の病院で、思うように力が発揮できず去っていく人を、何人も見てきた。
医療機関は人的、構造的、そして医療機能の個別的「個体差」が非常に大きいので、力を発揮できる場所とできない場所が、はっきりしてしまうのだろう。
この点については、異動する側も引き抜く側も、しっかり了解したほうが良い点であると思う。
2 銀行から事務長としてくる人たち
全国的に、銀行出身で病院事務長になる人はかなり多い。
その中でも、大きく次の二つに大別される。
(1)ある年齢になり、転籍人事でやってくる方
銀行である年齢や肩書になって事務長としてきた方は、僕の経験上、次のように分かれていく。
① 元金融マンだけあり、その優秀さを発揮される方
② 事務長としてはイマイチだが、銀行取引を有利に運んだり、病院内に同行出身の派閥を作るのに長けている方
③ 何の用も果たさせない方
医療機関は、金融マンが金融時代の経験をそのまま生かせるほど、単純ではない。
そこを錯覚している方は、かなり早い時期に現場でハレーションを起こしたり、トップに見放されている。
僕は彼らを見ているといつも、「一年生になったつもりで頑張って欲しい」と思う。
基本的な素地は優秀なわけだから、それが医療現場で力を発揮する、一番の近道なのだ。
(2)若いうちに、病院のオーナーなどに引き抜かれた方
このタイプの銀行出身者は、僕の経験上は有能な方が多い。
金融構造や銀行など大組織の仕組みを知りつつも、銀行出身であることを鼻にかけず、新しいことに取り組む力がある。
そういう事務局長たちは勢いと謙虚さを併せ持っており、一緒に仕事をしていて、大変学ぶことが多い。
また、こうした事務長たちは色々なセクションを、横断的に動き回る傾向がある。
実は病院のように職制が固定的な組織では、固定のセクショナリズムに囚われない動きをする事務職の存在が、極めて重要になる。
そういう方が1、2人いるだけで、組織の成長速度が変わると言っても過言ではない、非常に重要な存在である。
3 役所から来る事務長たち
県庁や市役所から下って来た事務長たちは、民間ではなかなかハマらないのをよく見かける。
役所の論理が通用しない、という話だ。
しかし、ハマろうが外れようが、地域の役所から天下り事務長を迎える慣行がある公的病院も多い。
それはそれで、ある種の機能を果たしているわけだが、現場としては悩ましいものも多いようだ。
ところで、時々、天下り事務長がドはまりして、うまく行っている医療機関もお見掛けする。
もともと、事務屋をさせたら公務員の方は、とびきり優秀だ。
同じ役所に居続けると、人事ローテの中で有能さが埋もれがちになるが、ピンときたらデキるのは役所出身の方である。
民間医療機関で役所の方を登用するときは、その優秀さを、ぜひ引き出すように頑張って欲しい。
4 職業事務長
これはここ数年で知ったのだが、いくつかの病院、クリニックの事務長を掛け持ちする「職業事務長」がいらっしゃるのだ。
これは大変貴重な存在であり、いまクリニックなど小規模医療機関の世界では、一番求められている存在でないか、と思った。
事務長自体が、そもそも当たりハズレがある。
しかも小さいクリニックでは、その当たりハズレがある事務長に人件費を投ずるのは、なかなか大変なことだ。
それが週に1、2回来る契約で働く事務長がいてくれたら、こんなに便利なことはない。
僕が知っている所では、週に一回来て、書類整理や事務事項を済ませているが、それだけでなく、クレーム処理や労働問題の対処も行う。
それがまた、あちこちで同じことをやっているから、大変腕が良いのだ。
僕はひそかに、この職業事務長を育成する仕組みを作りたいと思っている。
5 メーカーや製薬会社出身の事務長
僕は、このタイプの人たちは、あまり多くは知らない。
ただ時々ご一緒したり、噂を聞いたりすると、内容や評判がよろしくないことが多い。
給料がいいという理由だけで移って来たとか、リベート目当てだったとか、自信満々だが威張りん坊だとか、、、
もし、これを読んでいて「おれは違うぞ!」という方がいたら、よそで苦労している似た出身者の方に、色々教えてあげていただきたい。
とにかく、事務長は医療機関のキーになる存在である。
「いい事務長はいませんか」というのは、お会いする理事長たちとの挨拶言葉のようになっている。
ただ、決して「でき上っている良い事務長」など、その辺にいるものではない。
受け入れる側も、事務長になる側も、初心に帰って一から教える、一から学ぶの気持ちを持つことが、どうも一番早道であるように思う。
それは、ある年齢から医療の世界、会計の世界に一から飛び込んだ、僕自身が身に染みている実感でもある。
岸野康之 拝(本日重量 84.8㎏(脱衣) 2021年2月21日 89.3㎏(着衣))
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